・草木染めストール③
 周防(すおう)*アルミ

                       

 ¥7,000

 
約32cm×190cm        
  ■商品コードA-19002-3■

                    

 ¥6,480

 約32cm×150cm        
  ■商品コードA-19003-3■
    
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藍や茜、紅花といった染料の名前を耳にすることは多いと思います。それは、いにしえの時代から、人が布や糸などを染めるのに利用していた植物の名前です。人は長い間、植物など自然から採れる染料を利用し、染め物をしていました。しかし近現代になり、自然由来の染料よりも手軽に利用できる化学染料が誕生し、徐々に昔ながらの染色方法は廃れていきました。そんな中、山崎斌(あきら)氏が昭和に入ってから天然染料で染める手法を復興、体系化しました。そして化学染料に対して天然染料で染める手法を「草木染め」と命名。今ではこの名前を多くの方が目にし、耳にするようになりました。
しかし、草木染めをすると決まって聞かれるのが「色落ち」です。布に染料の色を留めるのか? それには「媒染剤」というものを使うことになります。紅花染めなど、媒染剤を使わない染料もありますが、多くの植物染料は媒染剤を使うことで色が鮮やかになり、色素が繊維に定着します。不安定な状態だった色素は金属の成分と結びつくことで、安定した状態になり繊維の中に定着します。結びついた金属の性質によって色味も多少変化します。アルミだと明るく、鉄だと黒みがかった感じになるようです。
[川俣シルクとは]
 福島の養蚕・機織業発祥の地は、川俣町です。
史誌を遡ることおよそ1,300年前、崇崎天皇の妃であった小手姫が古郷を追われ行方不明の息子を探し求めて、ここ川俣の地に辿り着き、桑を植え、養蚕をはじめ、機織りを伝授したと伝えられます。
 この時から絹は川俣の産物として各地に広がり、楯絹の名声は全国に普及しました。
 ※楯絹(館絹)と呼ぶ(古書では安達絹)
 福島の絹織物業は、時代の要請を受けて、ますます発展の一途をたどり、江戸期には、川俣に生糸・羽二重の二七市が定期的に立ち、明治期に入ると、バッタン機を導入、折からの絹輸出ブームの中で、大橋式機織りが発明され機械化による大量生産に成功し、川俣羽二重は一躍一世を風靡しました。
 製品の品質の高さから、1880年代から海外輸出が始まった「川俣シルク」でしたが、化学繊維の普及やアジア諸国からの安価な製品により苦難の道を歩んできました。
 しかし近年、世界のハイブランドデザイナーが川俣シルクの質の高さから再認識され、ヨーロッパをはじめ、世界各国で「川俣シルク」が、注目を浴びています。